福島県のM&A、事業再生・事業再編の分かる不動産鑑定士事務所です

不動産リサーチ・アンド・アプレイザル

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  事業評価の意義とは?!

  〜M&Aや事業再生、事業承継との関係〜

 1)「事業用不動産の評価」とは?
 「事業用不動産の評価」とは、「事業用に供されている不動産の評価」のことです。「事業用に供されている不動産」とは、「工場」、「倉庫、ショッピングセンター」、「ホテル、旅館」、「ゴルフ場、テーマパーク」等、生産・流通・レジャー等の事業の用に使用されている不動産のことであり、事業自体の収益性が直接その不動産の市場価値に影響を与える不動産のことです。オペレ−ショナル・アセットといわれ、同じ収益性でも賃貸収益性に着目され売買される賃貸マンションやアパート等のレジデンシャル・アセットと区別されますが、現実には、「事業用不動産」の賃貸市場が形成されてきており、オペレ−ショナル・アセットの評価は、レジデンシャル・アセットの評価と同様、賃貸収益性が重視される傾向が強まっています。
 「事業用不動産の評価」を具体的にいえば、「工場の評価」、「ゴルフ場の評価」、「ホテル・旅館等の評価」等です。一般には、単純な売買に関連した評価が多いのですが、それを分割したり(分社化)、一部を廃止したりすることに関連しての評価等、かなり複雑な内容を含んでいます。つまり、M&Aや事業再生、事業承継等と関係の深い評価の分野ともなっています。

 2)「事業用不動産の評価額」の意義
 事業用不動産の評価によって導かれる不動産価格とは、端的にいえば、事業による収益に見合った不動産価格のことであり、その価格であれば、事業が継続でき、借入金も返済可能な価格です。
 このような事業用不動産の取引市場が形成されてきた背景には、大きな時代の変り目にあり、企業の多くが今までの成功体験に基づく経営では事業が立ち行かなくなったことがあります。事業が立ち行かなくなった理由を挙げれば、@過去の設備投資が、需要予測の甘さに起因する過大投資となっている、A経済環境にあった経営(オペレーション)ができていないといった大きな2つの要因がありますが、そこにビジネスチャンスを見出す積極的な投資家の登場する素地が生まれてきたのです。
 そのような投資家によって、「事業用不動産の転売・流通市場」が形成されます。その転売・流通市場で形成されるのが、事業用不動産の価格です。
 その市場では、投資家同士の競争が繰り広げられていますので、事業用不動産の評価によって導かれる不動産価格が、事業の継続が可能な価格として求められるからといって、とんでもない安い価格が形成されるのではなく、投資家同士の競争の結果、適正な価格が形成されることになります。但し、その価格は、今までようなコスト重視=積算価格重視の価格ではなく、インカム重視=事業収益性に基づく価格であるという違いがあります。

3)「事業用不動産の評価」が要請される背景?
 なぜ、今、この分野が注目されているのでしょうか。ミクロ・マクロ両面からの要請があります。時代の大きな変化を受け、企業経営と不動産市場の両面が変貌し、その両面から「事業用不動産の評価」が要請されているのです。
 まず、ミクロの面です。消費の成熟化に起因する売上げの伸び悩みや、資産価値の下落を背景に、企業経営は、含み資産とB/Sを重視したものから、いかにCF(キャッシュフロー)を獲得したかというP/L重視の経営に転換してゆきました。P/L重視の中では、NOI(ネット・オペレーティング・インカム)重視の立場と、NCF(ネット・キャッシュフロー)重視の立場がありました。そして、そのような企業経営のあり方や考え方は、不動産経営や不動産投資の世界にも影響を与え、特に、事業自体の収益性が直接その不動産の市場価値に影響を与える事業用不動産の鑑定評価に導入されました。そして、この鑑定評価手法は、日本の金融機関の不良債権処理において活用されることになりました。不良債権の担保となっていた不動産の多くが事業用不動産であったからです。その結果、多くの事業用不動産が再生し、加えて様々な金融テクニックを駆使した不動産の証券化が隆盛となりました。このような経緯により、鑑定評価の世界では次第にNCF重視が優勢となっていったようです。これが、ミクロの側面です。以下では、まずこれに関連して、収益価格を求める基礎となるCFの捉え方の違いを紹介します。この違いを考えることは、市場そのものといっても過言ではないくらい、不動産市場におけるプレーヤーの考え方の違いが反映されているからです。
 次は、不動産市場の変化、つまり、マクロの側面についてです。それは、プライマリー市場からセカンダリー市場への不動産市場における主役の交代ということです。そして、セカンダリー市場こそが、投資家によって形成されている「事業用不動産の転売・流通市場」なのです。とても大切な点なのですが、あまり、表だって議論されていないことは残念です。プライマリー市場とセカンダリー市場のそれぞれの意義及びその相互関係を考えることは、事業用不動産ばかりでなく鑑定評価の全般において収益価格が重視されるようになっていった本当の理由を理解するためには、極めて重要なことなのですが・・・!。
 
 

  CF(キャッシュフロー)の捉え方

  〜CFは、N0Iか? NCFか?〜

1)NOIとNCFの違い
 事業収益に基づく収益価格は、将来のCF(キャッシュフロー)を予測し、それを割引率(還元利回り)を使って現在価値に換算し、その総和として求められます。事業収益に基づく収益価格を求める上でのポイントは、CFをどのように捉え、予測するかということと、これを現在価値に換算する割引率(還元利回り)の2つになります。その中で、ここではCFについて考えます。
 CF(キャッシュフロー)の捉え方には、CFをN0I(Net Operating Incom)として捉えるか、NCF(Net Cash Flow)として捉えるかの違いがあります。混同してはならない重要な点であり整理しておく必要があります。また、統計的な投資の指標がNOIであることから、収益価格の精度を高めるためには、NOIとNCFの関係を考えておくことが重要です。
 N0Iは、通常の事業に基づく収益から、マネジメントフィー(AM費)と不動産経費(修繕費、維持管理費、PM費、固定資産税等の公租公課、損害保険料等)を控除して求めたCFです。
 NCFとは、NOIから更に、CAPEXを控除し(一時金の運用益を加算し)たものです。つまり、NOI−CAPEX=NCFです。
 つまり、NOIとNCFを結び付けるのはCAPEXです。CAPEXは、修繕費等の経常的な支出でなく、資本的支出として減価償却の対象となる大規模な修繕に要する費用です。オフィス等では、建物建築費の何%という捉え方や、証券化に係る場合であれば、ER(エンジニアリングレポート)の数値を参考とすることが主流です。しかし、その金額が事業の収益で賄えないほど多額となる場合もあり、その場合には売上高の何%等の水準をCAPEXとすることがあります。
 一般的には、NCFを用いることが殆どですが、以前はNOIが中心であり、不動産市場のプレーヤーとして、金融マンや会計士が登場し、金融関係者の影響力が強い時代となって、CFはNCFとして捉えられるようになってきたようです。

2)NCFが重視される時代背景
 事業用不動産の鑑定評価は、不良債権担保不動産の処理と、その担保の対象となっていた事業用不動産の再生に活用されことは前述しました。事業の再生に当たっては、(収入が少なかったために)設備が老朽化していたにも拘わらず更新できないままであった不動産や、時代のニーズにマッチしていない施設も多かったことから、殆どの場合、更新投資が必要でした。更に、競争力を保つためには、初期の更新投資ばかりでなく、何年か後にも必ず追加投資が必要となります。従って、不動産の価格には、そのような更新投資の必要性を反映させることが強く要請されました。そのことは、再生支援に参加する金融機関側でも同様でした。金融機関は不良債権が積み上がったことの反省から、事業リスクの影響を厳しく査定しなければ、融資できないような審査体制となっていたのです。これが、NCFが重視されるようになった大きな理由ではないでしょうか。
 それでは、NOIを重視していた時代の考え方には、そのような必要性は意識されなかったのでしょうか。当然ながら、長期投資となる不動産投資には更新投資の必要がありますので考えていました。しかし、NCFのように何年目にいくらというように明示的にではなく、還元利回りの中に、やや概算的に暗示的に織り込んでいたのです。更に、収益の上昇を前提に、更新投資の影響を(意識的に)過小評価していたと考えられます。つまり、経済成長を前提として不動産価格が形成されていたということです。経済成長を前提とすることが難くなった時代に入って、CAPEXとそれを考慮したNCFが重視されるようになってきたというのが実情でしょう。しかし、今でも、投資家にとってNOIは重要な指標であることには変わりはありません。

3)NOI重視からNCF重視へ〜不動産市場の変化〜
 @比較可能性
 不動案市場においてNOIが重視される理由は、まず、比較可能性にあります。NCFは、比較可能性という意味でNOIに劣っているのです。投資家にお話をお聴きすると、「NOIで何%を基準として投資する」というような答えが返ってきます。市場に出てくる不動産についてはCAPEXが明らかにされていないことが多いという事情もあります。市場に売り物件等として出ている不動産は、CAPEXどころか、NOIさえも分からないような粗利回り何%というような情報の開示レベルの低い物件も多いのが現実であり、NOIが開示されているものはレベルの高い情報に属します。また、CAPEXは、物件それぞれに個別的に検討する必要があります。従って、投資する物件の有利不利が判断される指標は、まず、NOIのレベルであり、NOIを比較して有望な物件を掘り起し、その後、実際に物件に当ってCAPEXを検討してゆくようです。この意味で、NOIは投資家にとって投資の有利不利を振り分けるための第一のモノサシといえます。
 ANCFとNOIの間がそんなに簡単には埋まらない」という実情
 投資家がNOIを重視する理由として、「NCFとNOIの間がそんなに簡単には埋まらない」という実情があります。理屈としてはNCFは正しいでしょう。その方が金融機関からの融資も受けやすい。しかし、CAPEXは理屈上、多額になってしまうこともあり、そのような大きなCAPEXを前提としては売買が成立しないことが多いのです。今、2007年に入って証券化された不動産が3年目を迎えようとしており、市場にはそういう物件が出てきています。もともと築15年で証券化された物件であれば、今年で築18年となります。長期保有目的の投資家であれば、今、投資して10年後には築28年を迎える物件に投資することになります。しかし、収益を確保するために今までに大規模な修繕が行われていないこともあります。そうすると、投資する側とすればどうしてもCAPEXは見込みたいし、慎重な投資家であれば10年後に建物を取り壊す必要も予測します。しかし、売却する側は、投資期間を終えた物件を予定していた売却価格で処分し、約束した投資利回りを予定通りに確保したいと強く思います。投資期間終了の出口戦略を実現しようとするのは当然の行動であり、そうしたとき、売る側はCAPEXを極力小さく、できれば無しとして売りたいのです。「NCFとNOIの間がそんなに簡単には埋まらない」とは、このような売主と買主の思惑の違いに基づくものです。つまり、CAPEXがブラックボックスの中に入っている状態で売買交渉が行われることになります。この溝が埋まらなければ売買は成立しません。投資家は買えなければ投資にならないのであり、売る側にもキャッシュが必要であるとか、投資期間の終了が迫っている等、売らなければならない事情があります。このように双方に歩み寄らねばならない事情があったのですが、経済成長を前提とした時代は買う側の投資家の方がCAPEXの影響を過小評価することで交渉が成立していたことが多かったのです。現実の不動産投資では、計画に従って理想的にCAPEXが支出されるものでもないからであり、収益の上昇が過小評価したCAPEXの増分のカバーを可能にしていたからでもあります。この場合、NOIは投資家にとって「これ以上は譲れない」という、譲歩できる最低ラインとしての意味があり、投資家はCAPEXの可変性というリスクと収益上昇の期待性に賭け、投資を実行していたのです。
 BCAPEXはブラックボックスの中
 以上のように現実の不動産取引では、CAPEXはブラックボックスとなっていることが普通です。だからこそデューデリジェンスが必要となるのですが、証券化を目的としていない場合等、通常の不動産取引においては、デューデリジェンスは行われないことが一般的です(重要事項説明書はありますが)。また、日本の場合、売買契約書の内容として不明事項が詳細に書き加えられその責任の所在を明らかにするという慣行もありません。つまり、売買価格を定めるに当ってCAPEXが重要でありながら、それを明確化できないのが普通といえます。従って、投資家はNOIを投資の目安として重視してきたという実態が見えてくるのではないでしょうか。NCFは取引が成立した後に計算して初めて判明する結果であり、NCFは、取引成立の前から何%というように存在しているものではなかったのです。
 CNOIの改善を目指す投資家が競争に勝つ
 CAPEXではなくNOIを問題にすることはないのでしょうか。NOIは簡単に変更できるような性質のものではありませんので、一般的な投資家は、低いNOIであれば投資することを断念せざるをえません。しかし、経営ノウハウの高い投資家はちょっと違います。NOI自体が改善できないかと考えます。築浅物件や競争力の高い物件、物理的な問題として当事者間にCAPEXについての共通認識があるような場合も、取引の交渉でCAPEXがあまり問題とされないでしょう。しかし、そうであれば競争が生まれ、NOIは低下してゆく可能性があります。しかし、経営ノウハウが高い投資家であれば、NOIを改善することを前提にして交渉することができるので、投資家同士の競争の上でも、売主との交渉上も優位に立つことができます。この場合、NOIは、投資家が自身の実力で改善できる水準にあるのか、そうでないかの情報を提供することになります。投資家は業績改善というリスクに賭け、投資を実行することになります。そしてこのような投資家が不動産市場の成熟に伴い相対的に多数を占めるようになってきます。但し、この段階においても、CAPEXは依然としてブラックボックスの中にあることが多いのです。CAPEXに必要とされる費用が不明確であるからこそ、NOIの改善に賭けるのです。この段階ではまだ、経済成長を前提として還元利回りを甘く見ていた従前の投資家から脱皮し、一段高いステージに上がった投資家とはいえません。
 Dブラックボックスから出たCAPEXとNCF重視〜市場の変化〜
 以上のようなNOI重視の投資家の中から、不況に陥って破たんしたり、低いNOIに甘んじている不動産市場を改革する者が現れます。改革者としての投資家は、CAPEXとNOIのどちらかではなく、その両方を含むNCF重視の投資家です。ここで不動産市場は新たな段階に入ってゆくことになります。
 企業買収においては、本業でうまくいっていない会社が狙われます。NOIは本業での競争力を反映した利益を意味しますので、NOIの悪い企業が買収のターゲットとなるのです。そのような企業の方が買いたたきやすいという理由もありますし、そのような企業の方が業績、つまり、NOIを大きく改善する可能性が大きいからです。このことは不動産投資も同じです。
 但し、NOIを大きく改善するためには、企業買収でも不動産投資でも、大きな設備投資が必要です。市場の変化についてゆけなかったから収益が悪化したのですから、収益を改善するためには、市場の変化に適合した大きな設備投資が必要となるのです。つまり、大きなCAPEXを支出するという前提でNOIの改善を計画するのです。従って、CAPEXがどれだけ必要なのかを査定するための徹底した事前調査、即ち、デューデリジェンスを行う必要が出てきます。ここで、今までブラックボックスに入っていたCAPEXが姿を現すことになったのです。つまり、不動産投資がNCFを重視して実行されるようになったのです。
 NOI重視は、日本の不動産取引の後進性といえますが、実際の取引においては、買主の力関係が強くなって、初めてCAPEXが交渉のテーブルに載るようになってきたというのが実態ではないでしょうか。そして、NCF重視という投資家のあり方は、市場の変化が惹き起こした当然の帰結といえるのです。次の「不動産市場の変遷 〜プライマリ市場からセカンダリー市場への成長〜」を読めば納得していただけるでしょう。
 今の不動産市場は、改革者としての投資家の登場によってNCFを重視の姿勢に変わっています。しかし、それでも市場の変化が予想以上に大きく、当初予定した業績の改善ができない場合もあり、投資家は大きなリスクを負うことになります。実際、リゾートの再生事業に華々しくデビューした再生事業者が、収益の改善に苦労してしているという話しも聞きます。市場自体がリスクが高くなっているのです。また、最近、信用があると思われる企業でも、金融機関から融資を断られたという話しをよく聞きます。金融機関は、事業の収益性ばかりでなく、環境変化に対応できる経営ノウハウも重視して、融資先の信用を判断しているようです。事業自体の収益性に賭けるプロジェクト・ファイナンスという金融のあり方が進化してきたとも考えられます。
 以上の検討を通じて、NOIであれ、NCFであれ、どちらを重視しするにせよ、投資には予測不可能な部分が大きいことが理解できます。加えて今だにCAPEXがブラックブックに入っている市場も大きな割合を占めています。つくづく不動産投資とはリスクを伴う難しいことなのだと感じます。しかし、同じ難しい投資であっても、リスク・テイクする逞しい精神が功を奏した時代から、リスクを克服する高度なノウハウが求めらる時代に入ったことは間違いないようです。

 NOIとNCFの違いを考える意義は、それを考えることで、以上のように市場自体の変化及び不動産市場において現実の価格が形成されてゆく過程が明らかとなってゆくことです。
 不動産の適正な鑑定評価は、そのような現実の価格が形成される過程を、いかに正しく再現できるかにかかっています。
純収益をNOI、NCFどちらで捉えても、それぞれに対応した還元利回りがあり、理論上は収益価格は同額であることになりますが、NOIからのアプローチとNCFからアプローチとは、基本的に異なった性質があるようです。鑑定評価書で、そのような違いを明確に再現し表現できれば、まるで野球の実況中継のように、不動産の価格が形成されてゆく有り様が、臨場感をもって迫ってくるのではないでしょうか。

 (※)CF表と収益価格             (単位:百万円、割引率5%)
項目
1年目
2年目
3年目
4年目
5年目
売却額
総額
売上高
410
410
370
370
340
-
-
売上原価
100
120
120
120
80
-
-
販・管費
70
70
90
60
150
-
-
AM費及び賃貸経費等
30
30
30
40
50
-
-
CAPEX
100
80
60
80
20
-
-
CF(NCF)
110
110
70
70
40
400
8 00
複利現価率
0.952
0.907
0.864
0.823
0.784
0.784

CFの現在価値
105
100
60
58
31
314
668
         収益価格 = 668百万円(CFの現在価値の総和)

  不動産市場の変遷 〜プライマリ市場からセカンダリー市場への成長〜

  市場の変化と重視される価格の相違 

 1)原価法のみによる鑑定評価の妥当性
 ある鑑定評価に係る裁判で、当時(平成5年)の「鑑定評価の実務水準」が論点となったことがありました。私は、その「鑑定評価の実務水準論」に違和感を覚えました。
 「鑑定評価の実務水準論」というのは、鑑定評価が実施された当時の「鑑定評価の実務水準」に照らし、その水準を逸脱していないならば「過失」はないとするものです。鑑定評価基準は「三手法併用」を原則としているが、ゴルフ場のような事業用の土地・建物について、かつては原価法「一手法」のみでの鑑定評価を実施していることが一般的だったのです。つまり、「収益還元法」、「取引事例比較法」を適用せず、「原価法」のみで鑑定評価額を導いていました。裁判ではこれが当時の「実務水準」を踏み外していないかが問われたのです。このような考えは「現在の視点で過去を裁かない」という判断基準であり一定の評価ができます。しかし、「技術的・制度的に未熟な時代であったから過失はない」という論旨には賛成できなかったのです。何故なら、我々不動産鑑定士は、そのときどきに応じ常に正しい価格を示してきたと考えるからです。「鑑定評価の実務水準論」によって、我々は今までの依頼者に「未熟ですみません」と謝罪しつつも、一方で「過失はないのです」と、図々しく言えるのでしょうか。我々がなすべきことは、「過失はなかった」と言うことばかりではなく、「妥当であった」ということの説明ではないでしょうか。
 「鑑定評価の実務水準」云々が論じられる背景には、「三手法併用」の原則の論議に対し、我々、不動産鑑定士が自ら進んで説明責任を果たしてこなかったことがあると考えます。以下では、「市場」と「三手法」の関係を論じます。このことは今までも論じられてはいましたが、明確な考えが示されてはこなかったと思うからです。

 2)鑑定評価の三手法の意義
  そもそも「三手法併用」の原則は、不動産の鑑定評価ばかりの専売特許ではありません。今、流行の「M&A」や企業活動の意思決定には、事業の「評価(ヴァリュエーション)」が欠かせません。そして、「M&A」等のヴァリュエーションの場でも、インカム・アプローチ、コスト・アプローチ、マーケット・アプローチの三つの手法を併用することが原則なのです。しかし、評価対象の特徴や入手できる情報に制約があること等から、三つのアプローチ全ての適用が困難である場合には、最低、一手法の適用でもやむを得ないとされ、このことは学問的にも確立された理論とされています。特に、日本では、米国のように市場経済が成熟しておらず、情報の公開が進んでいないことから、併用の困難性が指摘されるところです。
 しかし、鑑定評価の妥当性を論じる場合において、このような「三手法の併用」の困難性や限界を論ずるよりも重要なことは、我々はサイレントな「市場」になり代わって価格を導くという作業を行っているのですから、採用した手法を含めた鑑定評価の全ての過程を通じて、我々が市場での価格形成のメカニズムについて十分に説明しえたかどうかという点で重要であると考えます。このことに関して、我々は十分に説明してこなかったのではないだろうか。何故なら、不動産の市場についての理解が不明確であったからと思うのです。

 3)不動産市場の分類
 不動産市場の前に、まず、金融市場について考えてみます。金融市場は、プライマリー市場(発行市場)とセカンダリー市場(流通市場)とに区別されます。そして、両市場には密接な関係が見られます。つまり、プライマリー市場ではセカンダリー市場での流通性を考慮して金融商品が発行されるのです。これは、プライマリー市場よりもセカンダリー市場が圧倒的に大きな市場であるからですが、金融市場以外の市場一般についても、大きな市場がその商品が取引される全ての市場を支配するという法則が成り立っているのです。そして、このような市場の力によって、市場での価格形成に個人的な思惑が入り込み難くなるのであり、市場の公正さが確保される仕組みとなっているのです。
 一方、不動産(金融商品化したREIT等でない現物の不動産。以下同じ。)に関しては、相対で取引されるのであるから市場がないとの考えもあります。確かに、金融市場のようには明確な市場とは言いがたい面もありますが、市場がないのであれば鑑定評価の拠って立つ基盤も脆弱となるのであり、不動産市場にも、金融市場と同じようにプライマリー市場とセカンダリー市場があると考え、この考えを活用することが、不動産鑑定評価の妥当性を説明するためには重要であると考えます。不動産鑑定士は、このような2つの市場において形成されるであろう適正な価格を示すことこそが仕事なのであり、不動産市場の特性を明らかにしなければならないのです。このような視点に立って、不動産の市場を見ると、そこには金融市場と異なった不動産に特有の市場が浮き立って見えてくるのです。
 不動産市場の場合、まず、需要者の属性に基づき最終需要者市場と転売業者市場に分けることが出来ます。最終需要者市場は、原始取得・保有市場であり、これがプライマリー市場です。また、転売業者市場は、転売・流通市場であり、これがセカンダリー市場です。しかし、金融市場とは異なり、不動産市場では、プライマリー市場がセカンダリー市場を支配したのです。経済の成長期は、ストックを積みえ上げるステ−ジであり、プライマリー市場が大きく、セカンダリー市場が小さかったのです。つまり、不動産の取得は、長期保有が目的であり、転売目的のものは相対的に少なかったということです。このような市場の発展段階では、セカンダリー市場での価格は、プライマリー市場で実現できる価格と連動して決定されていたのです。セカンダリー市場が支配力を持つためには、ストックが十分に積み上がり、転売したいという理由を有する多くの供給者が存在する必要があったのです。

 4)具体的に考えてみる
 例えば、ここでゴルフ場の不動産市場について考えてみるに、平成5年頃までは未だゴルフ場の供給者は殆どいなかったのです。ゴルフ会員権市場が機能していた状況では、会員権は市場で売却した方が得であり、期限が来るからと言ってゴルフ場に返済を迫り、わざわざ損をするバカはいなかったのです。従って、ゴルフ場にとって預託金は永久に返済する必要のない債務となり、それを前提としてゴルフ場のビジネスモデルが成立していました。また、このようなゴルフ場のビジネスモデルは、永遠にうまくいくと考えられていたのであり、そもそもゴルフ場を売るという動機は全くなかったのです。では、需要者はどうか。ゴルフ場のビジネスモデルがうまくいっていたのであるから需要者はいました。でも供給者がいない、つまり流通していないのであるから、需要者は造るしかなかったということになります。ゴルフ場は売買するものではなく、開発するものであったのです。このことは、ゴルフ場という不動産については、プライマリー市場しかなく、セカンダリー市場はなかったということを意味します。セカンダリー市場が生成されたのは、ゴルフ会員権市場が機能しなくなって、つまり、会員権販売という「錬金術」が破綻したために経営が行き詰まったゴルフ場のストックが積み上がって以降であったのです。

 5)原価法のみの適用が正しかった時代と市場
 従って、平成5年当時、我々がゴルフ場について求めるべき価格は、ゴルフ場という不動産のプライマリー市場での価格であったというのが正しい結論となります。また、ゴルフ場のプライマリー市場について、当時の収益還元法では十分に説明できなかったのであるから、原価法の1手法のみを適用して積算価格を求め、それを調整してゴルフ場の鑑定評価額としたのは、妥当な鑑定評価の実務であったといえるのです。但し、困ったことは、今、セカンダリー市場が急成長し、プライマリー市場よりも大きくなってしまったことなのです。市場は大きい市場が全てを決めるという原則に則れば、今は、セカンダリー市場が支配権を有している。従って、このような現在の視点で見たとき、当時の実務水準は、外見上、誤っていたように見えてしまうのです。このことについての説明責任は、我々不動産鑑定士にあったのですが、我々はその責任を果たしてこなかったのです。
 不動産鑑定評価の妥当性は、当時実施されていた鑑定評価の実務水準という事実上の基準に照らして判断されるというのだけでは不十分であり、実施された鑑定評価の作業が、不動産市場のあり方と市場における価格形成のメカニズムをいかに説明しているかという、「市場」の視点から検証されねばなりません。蓋し、不動産鑑定士の専門家責任、即ち、不動産鑑定士の専門家としての職能及び責務とは、以上のような意味での説明責任を果たすことで、市場の公正さを確保することに資することなのです。

  参考 〜知財の評価〜

 特許権等の知財の評価額は、特許等を利用して得られる収益を予測して、その現在価値の総和として求めるものです。従って、知財の評価は、事業用不動産の評価と軌を一にする手法です。
 知財の価格には、プライマリー市場、セカンダリー市場、両方の市場で成立するであろう価格があります。特許等に基づく商製品の成長のステージが早い段階であればプライマリー市場で成立する価格であるし、収益力が安定し、そして衰える後半のステージであれば、セカンダリー市場の価格です。
 成長のステージが早い段階(プライマリー市場)の特許権の評価は、収益の予測が困難であることもあり、コストアプローチも併用されます。そして、原始取得に要したコストの影響力も強い価格として評価されることになります。一方、成長のステージが遅い段階(セカンダリー市場)の特許権の評価では、今後、獲得されると予測される収益と過去のコストの関係は希薄となっており、コストアプローチは重視されない一方、市場が成熟していれば収益の予測は容易となっていますから、収益価格が重視され、説得力を持つに至るのです。
 このようにして、特許権等、知財の適正な価格が、市場の特性に応じて導かれることになるのです。
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