不動産価格が値下がりすることは、財産が減少することであり、不動産を保有するものにとって好ましいことではありませんが、それは不動産の所有者ばかりでなく広く社会の全体に困った影響を及ぼす出来事です。
日本経済は「土地本位制」といわれてきたように、不動産を担保に銀行がお金を貸し付け、お金が広く社会全体に流れてゆく仕組みによって、経済が発展して来たのです。不動産価格の値下がりは、直接的には換金価値の減少を意味しますが、それに加え担保価値も減少するため、銀行の融資を経由したお金の流れが細くなってしまうのです。その結果、日本のデフレ経済は一層、進行することになります。地価下落は、デフレの結果でもあり、原因ともなって、日本経済を縮小の方向に向かわせるのです。
私たちは、2008年9月のリーマンショックに端を発する世界の信用不安、最近のギリシャ問題で、金融が機能不全に陥ることの怖さを体験しています。これらの信用不安では、デリバティブや債権の急激な下落が問題となっていますが、地価下落も類似した問題であることは、日本の経験したバブル崩壊とその後の日本経済に惹き起こされた長期低迷を思い出せばで理解できると思います。不動産価格の下落は、保有する者ばかりの問題ではないという認識が必要です。
大企業は、以下に示した「減損会計制度」によって、資産価値の減少を財務諸表に正確に表示することが義務化されています。大企業には、透明性と説明責任(アカウンタビリティー)が強く求められているのです。日本では、国際化の深化と相まって、時価主義を重視した企業会計制度の改正が進められていますが、これも国際的に投資を集め活躍する大企業に透明性を求める一環です。供給者側に透明性、需要者側に秘匿性という、相反する情報の扱いは、資本主義経済と民主主義にとって大変に重要な原則であると堺屋太一さんは指摘しています。
さて、「減損会計制度」によって財務諸表に表示される資産価値の減少は、その資産を売却し換金しなければ現実の損失としては発生しません。従って、税務上では、企業会計とは異なり、現実に、売却損が発生したときに初めて損金として認められることになります。このような税務上の扱いは、「減損会計制度」の適用されない中小企業も同じです。
それでは、売買によって損失が現実に発生た場合、財産価値の減少に対して企業はどのように対処しているのでしょうか。大企業も中小企業も、そのような損失が現実に発生したときには、「損益通算」の制度を使い、内部留保の流出に対応しています。つまり、税金として出てゆくはずであったキャッシュを、売却損を使って減少させるのです。このような財務戦力をとることは、多くの企業で見られる行動です。変化の激しい経済の下で起こるシステマティック・リスク、つまり、自助努力ではどうにまならないリスクに備える必要があるからです。価格が下落した資産を保有する企業は、今がこのような財務戦略が実行できるチャンスであるともいえます。
日本の企業は、現在、新興国経済の成長に支えられた業績の回復と、以上のような財務戦力を通じて、多額のキャッシュフローを抱えています。これをどのようにして投資に向かわせるのか、デフレからの脱却ばかりではなく日本の将来をかけた政策の在り方が問われてます。
また、世界や日本で、M&Aが盛んになされている様子は新聞やTVでよく目にしますが、企業は、今まで自分を守ってくれていた鎧を脱ぎ棄て、時代の変化にあった姿に変態させようとしているのです。これからも当分の間は、この流れは変わらず、更に加速してゆくでしょう。先進的な企業が行っているCRE戦略もその流れの一環です。CRE戦略が目指すものは、最終的にはROE、ROIの最大化と、時代にマッチした贅肉を落とした企業組織体の構築です。国の政策ではなく、CRE戦略は企業の責任で行います。CRE戦略でも上記のような財務戦略を有効に生かすことができます。
◎不動産の鑑定評価は、その際、利害関係者に対する説明責任を果たす役割と共に、代表者と会社間の取引等、「利益相反」関係にある取引について、その妥当性を証明するものとして活用されています。このような使用目的を持った鑑定評価は、監督官庁や税務当局から事後的に否定されない説得性の高いものである必要があります。
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1)制度の意義・・・財務諸表の信頼性と財務諸表の国際的比較の確保
日本は失われた10年の間、バブル期に取得した不動産の含み損を抱えたまま、損失を将来に繰り延べていると批判された。一方、米国の会計基準や国際会計基準では、既に、固定資産の減損に係る会計基準が整備され、日本でも、このような企業の情報を開示し、財務諸表の信頼性を回復する必要があった。そこで、国会や政府での議論を経て、2003年10月31日、企業会計基準委員会((財)財務会計基準機構を母体とした民間機関)が、「企業会計基準適用指針第6号「固定資産に係る会計基準の運用指針」を公表し、ようやくわが国にも減損会計が導入されることとなった。
2)適用範囲・・・大企業
減損会計処理はいわゆる「会計基準」の定めであり、それ自体は守るべき強制力はないが、金融庁の企業会計審議会は、減損会計を企業の自主判断で2003年度(2004年3月期)から適用できるようにし、2005年度(2006年3月期)からすべての上場企業に強制導入することにした。
3)税法の扱い・・・法人税法では、租税回避に利用される虞があることから、特別の場合を除き、損金参入は否認
(特別な場合とは)
@災害により著しく損傷したこと
A1年以上遊休化していること
B本来の用途に使用できないため転用されたこと
C所在する場所の状況が著しく変化したこと
D会社更生法、金融機関等の更生手続、商法の整理開始等に基づく評価換え
E以上に準ずる特別の損失が生じたこと
4)経済的効果と影響
@経済的効果・・・企業に収益性の低い事業からの撤退を促し、更に投資家に正しい企業価値を知らせる狙い。含み損を処理する体力のない企業の整理、再編を促す効果。
A影響・・・多くの企業は、バブル期に大量の土地を購入、収益を得られず含み損を抱えるており、多額の損失計上につながりかねない。
B実態・・・打撃が心配された建設、不動産業界などで、導入を先取りする企業もある。
C実務的対応
→企業は減損会計導入によって、収益性の高い事業への転換が促進されるが、収益体質の劣る企業にとっては経営上の打撃が大きく、段階的な評価減の手法等、慎重な対応が必要である。
→このような企業に対しては、不良資産のオフバランス化等も一方では必要であり、また、それ以外の財務体質改善策の検討もなされる必要がある。
→大銀行、大企業の不良債権処理はほぼ終了し、地方金融機関の不良債権処理が進められる。
◎このような中、減損会計の適用されない中小企業にもこのような不良資産に悩む企業は多い。ある金融機関の実例では、オフバランス化によって財務体質を改善し、融資を実行すると共に、債権のランク付けも上昇させるようなコンサルを行っていると聞く。会計事務所については、銀行よりもより有利な条件が整っているといえ、顧問先と金融機関から感謝されるよい機会といえる。
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第2章 制度の概要と制度上の評価及び不動産鑑定評価の活用
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減損会計制度は、次のようなフローで示される。
@資産のグルーピング
↓
A減損の兆候・・・この場合、鑑定評価が一番精度が高いが、この段階では、実務上の負担を軽減する配慮がなされている。
↓
B減損損失の認識の判定・・・一定の場合には、鑑定評価が活用できるが、この段階でも、実務上の負担を軽減する配慮がなされている。但し、重要性の高い不動産等については鑑定評価の活用が必要な場合もある。
↓
C減損損失の測定・・・この場合は、減損処理の精度を高め、株主等へのアカウンタビリティーをつくすためには、鑑定評価の活用が必要とされる。なお、この場合には簡便な代替的な手法は認められない。
↓
D減損損失の計上
1)資産のグルーピング・・・CFを生み出す有機的な固定資産の単位をグループ化する。参考として、既存の法律には、「工場財団」という考え方がある。
@グルーピングの方法・・・店舗や工場などの資産に対応して継続的に収支の把握がなされている単位を識別し、グルーピングの単位を決定する基礎とし、それと相互補完的で影響の大きな他の単位もグルーピングする。
A遊休資産/共用資産・・・遊休資産は、他の資産または資産グループから独立した最小単位として扱う。
本社ビルや保養所などは、共用資産としてそれに関連する大きなグルーピングを行うか、配分して行う。のれんの扱いも同じ。
2)減損の兆候・・・ 減損の兆候とは、資産または資産グループの収益性が低下したことにより、帳簿価額を回収できない可能性があると判断される事象が発生していることをいう。
@企業内部の問題・・・a情報源=内部管理目的の損益報告=概ね2年間継続して(当期が明らかにプラスの場合は除く)CFがマイナスであること、または、その見込みであること。 b情報源=事業の再編等に関する経営計画等=使用範囲または方法について回収可能価額を著しく低下させる変化が生じたか、または生じる見込みの場合。
A企業外部の要因・・・・・・a情報源=経営環境に関する情報=経営環境の著しい悪化 b情報源=資産の市場価値に関する情報等=市場価格の著しい下落(少なくとも50%程度)
※いわゆる実勢価格や査定価格などの評価額や容易に入手できる評価額や指標を合理的に調整したもの(公示価格、基準地価格、相続税路線価、固定資産評価額等)。鑑定評価が一番精度が高いが、この段階では、実務上の負担を軽減する配慮がなされている。
→この場合、鑑定評価が一番精度が高いが、この段階では、実務上の負担を軽減する配慮がなされている。
3)減損損失の認識・・・資産または資産グループから得られる割引前将来CFの総額が帳簿価額を下回る場合に、減損損失を認識する。割引前将来CFの総額 < 帳簿価額
@事業によるCF及び将来時点の正味売却価額を算定して割引前将来CFの総額を求める
A@が困難場合には、現在の正味売却価額を用いることができる
B容易に入手できる評価額や指標を合理的に調整したものも用いることができる(公示価格、基準地価格、相続税路線価、固定資産評価額等)
→Aの場合には、鑑定評価が活用できるが、この段階でも、Bの規定を定めて実務上の負担を軽減する配慮がなされている。但し、重要性の高い不動産等については鑑定評価の活用が必要な場合もある。
4)減損損失の測定と計上・・・減損損失を認識すべきであると判定された資産または資産グループについては、帳簿価額を回収可能価額まで減額し、当該減少額を減損損失として当期の損失とする。
@時価=売却による回収・・・ 時価(売却可能価格)ー処分費用の見込み額=正味売却可能価額
A使用価値=使用による回収・・・ 継続使用による毎期のCF現在価値+使用後処分によって生ずるCFの現在価値=使用価値
@>Aのとき・・・回収可能価格=時価
@<Aのとき・・・回収可能価格=使用価値
→この場合は、減損処理の精度を高め、株主等へのアカウンタビリティーをつくすためには、鑑定評価の活用が必要とされる。
なお、この場合には簡便な代替的な手法は認められない。
| ※減損会計制度と販売用不動産の強制評価制度の比較
比較する項目
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減損会計制度
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販売用不動産の強制評価制度
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対象となる不動産の科目
| 固定資産
| 棚卸資産
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評価額
| 回収可能価額
| 正味実現可能価額
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損失計上の判断基準
| 帳簿価額に比して割引前将来CFの総額が下回る場合
| 取得原価の概ね50%以上の下落
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時価の回復の扱い
| 取り扱いなし
| 取り扱いあり
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性格の違い
| 企業経営の収益性に着目
| 市場価値に着目
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1)資産のグルーピング(対象不動産の特定)
@継続的に収支が把握され、CFも他の資産から独立
↓
A固定資産である当該土地・建物で資産のグルーピングをする
2)減損の兆候
@ライバル企業が新製品の開発
↓
A将来の製品の生産中止
↓
B減損の兆候あり
3)減損損失の認識
@割引前将来CFの総額900百万<帳簿価格1,000百万
↓
A減損損失の認識
4)減損損失の測定
1,000百万(帳簿価額) − 739百万(回収可能価額=使用価値) = 261百万円(減損損失)
@時価=売却による回収・・・ 時価(売却可能価格)ー処分費用の見込み額=正味売却可能価額
A使用価値=使用による回収・・・ 継続使用による毎期のCF現在価値+使用後処分によって生ずるCFの現在価値=使用価値
@>Aのとき・・・回収可能価格=時価
@<Aのとき・・・回収可能価格=使用価値
→この場合は、減損処理の精度を高め、株主等へのアカウンタビリティーをつくすためには、鑑定評価の活用が必要とされる。
なお、この場合には簡便な代替的な手法は認められない。
5)減損損失の計上
| ※CF表(※) (単位:百万円、割引率5%)
項目
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1年目
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2年目
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3年目
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4年目
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5年目
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売却額
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総額
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CF
| 110
| 110
| 70
| 70
| 40
| 400
| 800
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複利現価率
| 0.952
| 0.907
| 0.864
| 0.823
| 0.784
| 0.784
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使用価値(現在価値CF)
| 105
| 100
| 60
| 58
| 31
| 314
| 668
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(前提条件) 簿 価 = 1,000百万円、 正味売却可能額 = 400百万円
簿 価 1,000百万円 > 割引前CF総額800百万円 → 減損損失の認識
正味売却可能額 400百万円 < 使用価値668百万円 → 使用価値が回収可能価額
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